中等野球 草創期の各地方大会(中等野球大会前史)

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東海

全国中等野球大会が開幕する以前の大会の中で最も盛大に開催されていたのが静岡、愛知、岐阜、三重、滋賀
の五県による東海五県連合大会だ。この大会は1901年(明治34年)に愛知一中と浜松中が名古屋で
対抗試合をした際に、愛知一中の日比野寛校長が連合大会を提案し、浜松中の竹下壮一郎校長も同意したため、
両校校長名で関係各学校へ照会状を送り、その賛成を得ることができた。こうして1902年(明治35年)9月に
第1回東海五県連合大会が愛知一中で行われることになった。
資料のほとんどには東海五県連合大会の開催の呼びかけについては愛知一中の日比野寛校長の名前しか
書かれていないが、第1回、2回と大会を連覇した浜松中の竹下壮一郎校長も大会の創設に尽力したという
ことを忘れてはならない。


東海五県連合大会 主催__ :愛知一中
東海五県 :静岡、愛知、岐阜、三重、滋賀
優勝校、優勝決定戦スコア開催球場備考
1902年(明35年)09月
第1回 [リーグ戦]
浜松中(2戦2勝) 愛知一中
(愛知二中説あり)
完全な総当たりではなく数校づつと試合を行う
変則リーグ戦
1903年(明36年)08月
第2回 [リーグ戦]
浜松中(3戦3勝) 浜松中 
1904年(明37年)
 
日露戦争のため?実施されず   
1905年(明38年)08月
第3回 [リーグ戦]
雨天のため途中で終了 浜松中 
1906年(明39年)08月
第4回 [リーグ戦]
大垣中・明倫中(3戦3勝) 大垣中両校全勝も規定が無く優勝決定戦は行われず
1907年(明40年)08月
第5回 [リーグ戦]
明倫中 5-4 三重一中
明倫中 6-3 愛知一中
愛知一中この年より規定が明文化され決定戦実施
1908年(明41年)08月
第6回 [リーグ戦]
愛知一中 9-1 愛知四中 愛知二中 
1909年(明42年)08月
第7回 [リーグ戦]
審判問題で優勝無し
(愛知四中・曹洞三中 )
津中優勝決定一回戦で審判に不服有りとし愛知一中が棄権。
それにより四中が不戦勝ちとなった。そのため決定一回戦
を勝った曹洞三中が、同校が負けたら決定戦一勝の四中が
優勝となることに不満を示し、決勝を行わないことになった。
1910年(明43年)08月
第8回 [リーグ戦]
愛知一中 岐阜中 
1911年(明44年)07月
第9回 [リーグ戦]
(四日市商・愛知一中) 四日市商決勝を行うことなく閉会式を行ってしまった。
1912年(大元年)
 
明治天皇崩御のため中止  野球害毒論等の影響下、明治44年より静岡県は中学校長会
で県外との試合が禁止され出場できなくなる。大正2年には
この関連で静岡中でストライキ事件も起きている。
1913年(大2年)008月
第10回 [リーグ戦]
愛知一中 23-0 膳所中
愛知一中 4-0 富田中
愛知一中 
1914年(大3年)008月
第11回 [リーグ戦]
四日市商 4-3 富田中
(山田中優勝説あり)
山田中静岡県で一部県外(岡崎まで)との対外試合
を許可。
1915年(大4年)008月
第12回 [リーグ戦]
山田中 5-4 愛知四中 三重二中= 第1回夏の全国中等野球大会予選・東海大会
滋賀県は知事の訓令により京都以外との対外試合が禁止
され、出場できなくなる。以後も選手権予選は京津に組まれる。
1916年(大5年)008月
第13回 [リーグ戦]
愛知四中 5-4 愛知一中 愛知四中 = 第2回夏の全国中等野球大会予選・東海大会
静岡より浜松中が久々の参加。
1917年(大6年)008月
第14回 [リーグ戦]
愛知一中 14-1 愛知二師範 愛知一中= 第3回夏の全国中等野球大会予選・東海大会
1918年(大7年)008月
第15回 [リーグ戦]
愛知一中 13-3 明倫中 岐阜中= 第4回夏の全国中等野球大会予選・東海大会
1919年(大8年)008月
第16回 [リーグ戦]
愛知一中 19-1 岐阜中 大垣中= 第5回夏の全国中等野球大会予選・東海大会
1920年(大9年)008月
第17回 [リーグ戦]
愛知一中 7-1 四日市商
(5回降雨コールド)
四日市商= 第6回夏の全国中等野球大会予選・東海大会
1921年(大10年)07,8
第18回
明倫中 3-0 愛知五中 八高= 第7回夏の全国中等野球大会予選・東海大会
トーナメント形式に変更
1922年(大11年)07,8
第19回
名古屋商 9-3 明倫中 八高・熱田中= 第8回夏の全国中等野球大会予選・東海大会
愛知一中と岐阜中の試合での判定を不服とし岐阜中が棄権・
その後死球の判定を巡っての愛知一中・静岡中両校棄権事件
をきっかけに静岡県が離別・東海三県による東海大会に
発展的解消し19大会で幕を閉じる。